クライアントの気持ちを理解しましょう。

その人らしさを大切に!

そんな話はよく研修で耳にしますし、私も以前まではそんな話をしていたなぁ…と。

 

私たちは共感という言葉で相手を理解しようとします。

でも本当に共感ってできるのでしょうか。

以前ロジャース派のカウンセリングで、共感は、相手が頭が痛いというのであれば、自分も同じように痛くなるくらいでなければ共感できたとは言えないものである。と訓練を受けた。

 

さて、私たちは共感で自分以外の人を理解できているのでしょうか。

そもそも、共感ってできるのでしょうか。

たとえば、“その人らしさ"と言いますが、その人らしさってなんなのだろう。

「あなたらしいね」と言われたとき、「え!私ってそうなの?」って思ったことはないですか。

 

自分が認識する私と他者から見る私の違いなどをジョハリの窓で表現していますが、ジョハリの窓でも自分が認識する自分の中には一つの自分ではなく様々な自分の姿があると思ったことはありませんか。

 

家での自分、職場での自分、地域での自分など様々な自分がいますものね。

でも、様々な自分の根っこになる元の元の自分は一緒ですから、それに気づければ“その人らしい”は理解できるものなのだと思います。

 

しかし、表面上の自分は様々であるわけですが、その表面上の私だけを見て「あなたらしいね」と言われても違和感があるわけで…。

 

ジョハリの「私は知らないーあなたは知っている」の部分とは違った現象ですね。

そんな様々な表面上の私だけを捉えて「あなたらしいね」と言われても違和感があるのは当然の反応なのかもしれません。

 

ですから相手を理解するのは難しいことなのだと思います。

ただ、共感する事とは別もの。

 

様々に溢れでる感情をその都度全てをそのままを受容していく中に共感は生まれていくのもなのです。

ですから、表面上の感情もその内奥にある想いも全て受容していくことで共感してけることなのだと思います。

 

さて、本題の人は自分以外を理解することはできるのか?

それはまた明日。

 

最近きれいな空と夏らしい入道雲を見ることがないので、金曜日に撮った写真を掲載しますね。