久しぶりに書くつぶやきが、様々なニュースが流れている中で、どうしても気になってしまうのが言論問題。

NPO法人ということで特定の政治活動等はできないものの、今回の問題は政治的なものではなく人権に関わること。

 

懲らしめ発言はどうしても心が軋みます。

 

優しい言い方で、「懲らしめようという気はあるんですよ」という姿は、「お殿様、黄金色の菓子でございます」と桔梗屋さんが座敷で手渡すと、「桔梗屋~お前も悪よのぉ~。で、誰を懲らしめよと言うのじゃ」と黄門様の一場面に出てくる雰囲気に重なって見えてしまう。

 

権力の魔性にとり憑かれると、こういった姿になるのでしょう。

自分でもその姿になりかけたのでその怖さはよくわかります。

 

しかし、言論封鎖については別。

 

自身の主張と相手の主張を堂々と闘わせることが重要で、言いっ放しもいけないし、言われっ放しもよくはない。

 

でも今の世の中、議論を闘わせることを避け、主張すると言い過ぎと叩かれ、言わないならジッと口をつぐめばいいのですが、直接言えずに陰で、ネットで、誰かに言ってもらおうとする人が増えてきている。

「経団連に~」は、そういった姿からなのかも…。

 

フランスの哲学者のフランソワ・マリー・アルエ(ペンネームはヴォルテール)は「私はあなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」と表し、言論の自由や表現の自由の原則を表現した名句とされています。

 

議論することの意味、それが終わったらスッキリと切り替えて執着しない。

そして何よりも相手の主張に耳を傾け権利は対等であることなのではないか。

 

なんだか、今の流れは「言わしておけ。やってしまえばそれで目的達成できるのだから」という空気があるような気がしてならない。

特に力を持つ者は…。

 

文化人類学者マーガレット・ミードは、『「少人数グループが世界を変えることができる」ということを疑ってはならない。世界はこれまで、そのようにしてのみ変わってきのだから』と話しています。

 

おかしいことはおかしいと言える。

変なことは変と言える。

そんな社会でなければ、社会は偽りばかりの環境となり何ひとつ本音がない世界と変わっていってしまう。

きっとそこは、人を信用できない社会が待っているのでしょう…。

闇と凍るような寒い世界がこないように私たちは行動しなければならないと思うのです。