この数日、障がい者施設での虐待のニュースが流れていますね。

そして京都では、障がい児にハサミで陰部を切ると脅していた虐待の事実。

いったい何が起きているのだろう。福祉が消えていくという話は以前しましたが、それは保険制度の話。

しかし、実際のケアの現場でも福祉は消えはじめているのでしょうか…。

                      

支援者としての立ち位置がない。もしくはわからない人が出てきているかもしれません…。

守り、支え、自立を助ける支援者が、自分の言うことを聞かせるために脅したり、ウサ晴らし的に子どもを殴る。

支援者ではなく当に支配者と化してしまった姿が今のニュースになっているのだろう。

 

虐待の報道は行き着く先の姿であって、最初から叩いていた訳ではなく、虐待はだんだんとエスカレートしていく。

ならば最初は何から始まるのだろう…。

人それぞれで、個のクライアントに対してだけでなく、自身問題や家族の問題、職場の問題など様々な影響があってのこと。

ここから先は虐待の講義になってしまいますね。

それは別のところでということで…。

私が感じるのは、福祉としてのそして専門職としてのスタンスができていないこと。

倫理といってしまえば、そこまでなのですが、倫理以前の問題。

私たちは福祉の専門職なのか?

サービス売る(提供をする)仕事をしているのか?

きっと福祉といっても、サービスを売る仕事となってきてしまっているんじゃないだろうか…。

 

例えば、患者様の“様”や御利用者様の“様”。

しかも丁寧に“御”も“様”の両方までつけて…。

“ちゃん”呼ばわりは良くないと言いながら御利用者様と呼ぶ。

なんだか変じゃないですか。ん…変じゃない?

 

丁寧に呼んだから良いケアなのでしょうか?

 

「利用者様本位」と言いながら「帰りたい」の声に本人が諦めるのを待つケア。

私たちはクライアントの「代弁者」と言いながら、認知症が重度だからと言って、またコミュニケーションが困難だからと言って、家族から本人の意向を丸々そのまま聞いて本人からは聞くことがない。

 

これでいいのかと心が重くなっていく…。

 

先日の学会でも、汎用化される内容の発表が多く、個別の発表が少ない。

要は、量的研究が多く、質的研究が少ないのです。

それが良いとか悪いとかそういうことを言っているのではありません。

ただ、以前、大学院に行っていた時にある先生が、福祉は質的研究が多いのも良い。

しかし、量的研究をもっとやって欲しいと話されたことがあります。

それくらい質的研究が多く、ひとりの人を深く掘り下げて考えていた訳で…。

 

医学モデル化した認知症ケアとなりつつある今。

それはそれで、形式近されていくことはとっても大切なこと。

でも、同時に福祉が行ってきたコテコテも対人援助のスタイルを捨ててはならないと思うのです。

 

ケアマネジャーでもある私の友人が、今回の学会に参加して「福祉側は、医療に依存したがり医療はどう多職種と連携したら良いか模索中ってとこかなあ。ただ、福祉側が自分たちのケアの至らなさを棚に上げて医療に薬に頼ろうとしているように感じたのは私だけかな?」とメールが来た。

鋭い…同感。

 

今こそ福祉の危機。

そう思っているのは私だけなのでしょうか…。

それとも、私のへそ曲がりな偏見なのでしょうか…。

 

こうした流れの中にいると、自分を見失っていく気がするのです…。