今回イスラム国に捕らわれてしまったジャーナリストの方。

行ってはいけないところに勝手に行ったのだからそんなの自己責任で助ける必要ないのでは…。との声が時々ネットの中で書かれているのを目にします。

確かに、行ってはいけないところに行ったのだからそうかなぁと思うところがある。

でも、なんか違う。

こころが釈然としないのです。

彼らが、命を張って取材されたその写真1つひとつ。

そして、取材から見えてくる弱者の現状。

 

知らなくても私たちの生活に何ら影響はない。

もちろん知ったからと言っても同様なのかもしれない。

 

数年前に、ホテル・ルワンダという映画を見ました。

フツ族とツチ族の内戦の話。

 

映画の一場面に、危険を冒してまで取材をしてきたジャーナリストにホテルの支配人は「戦場の悲惨な現状を取材してくれてありがとう。あなたが命がけで取材してきたこの惨劇をニュースで見ている世界の人々はきっと助けてくれる」とジャーナリストに感謝を述べると。

ジャーナリストは曇った顔になり「そうとは限らない。夕食を取りながらニュースを見て「悲惨な地域もあるんだね」とチャンネルを変えてしまう。ごめんなさい。現実はそんなもんだよ」と…。

 

世界の出来事に関しては無頓着。

でも普段の生活にも無頓着なのかもしれない。

公民館の社会教育の先生と認知症の啓発に良く歩くのですが、以前先生から「他人の人権に疎い人は自分の人権が犯されていることに気づいていない」と教えて頂いた。

 

この言葉が、今のこの出来事に何となくダブって見える。

 

世界の出来事ではあるのですが、私自身の身近な問題と思うのです。

 

あるイギリスの作家が「精神の視野が広がるほど幸福になる」と。

目で見る視野は広くなるほど情報がたくさん入る。しかし、その多くの情報に溺れてしまい、情報によって困惑や誤解が生じてしまう。

 

精神の視野と視覚的情報の視野。

私たちは精神的視野を広げることの重要性をこのイスラム国の人質事件から感じてしまうのです。

 

皆さんはこの事件どう感じていますか?

 

お二人が無事に帰国されることを心から祈って…。