最近は、ちょっとハードな日々を送っています。

 

昨日は、茅野市で研修。

ちょっと早めに家を出て、諏訪湖半で朝ラー(朝ラーメン)をしてきました。

朝のラーメンは意外に良い感じ。

しっかりエネルギーを貯めて研修に出発できます。

 

さてさて、先日の金曜日。

殉愛(やしきたかじんの最後の741日)を読みました。

金曜日の朝のTVからこの本の話題が挙げられていましたが、さてさて読んでみると壮絶な手記。

引き込まれるように読みふけ、気づくとひと夜で一気に読み切ってしまった。

 

当時、お金目当ての結婚だとか、たかじんさんをちゃんと看ていないなど週刊誌などのタブロイドの中刷り広告に文字が踊っていたことを思い出します。

 

実際読んでみると、お金目当てでは到底できない介護だったこと。

本当にたかじんさんは彼女のことを信じていたんだということ。

そして、孤独で本当の愛を知らずに生きてきたたかじんさんが最後の最後に愛を知ることになったことなど心が揺さぶられる内容です。

 

破天荒な“たかじん”でないとファンは許してくれない。

だから自分は死ぬ時もたかじんを演じようとした姿。

 

でも、彼女の献身的な愛で、たかじんさんは…「ここにきて命も寿命も受け入れられんのは、ほんまに合うべき人間に会ってしもうたから。

受け取るべき愛情を知ってしまったから。

人生に金以上、仕事以上、遊び以上の価値を見つけたから…(以下続きあり)」と、綴る最後に残したメモからも、素の自分に変わっていく姿がうかがえます。

 

このメモを通じて、作家の百田さんはたかじんさんは最後幸せに包まれて亡くなったと思うとこのメモを通じて書かれていました。

 

たかじんさんの想いもさることながら、突発性難聴で完全に片方の耳は聞こえなくなってしまう。たかじんさんの過去をすべて聞くこととなった後も支えた続けた彼女の愛情の深さを知ることとなるこの本は、まさに“殉愛”そのもの…。

でも、彼女はその愛を犠牲と思っていないところに言葉では表現できないくらい心が熱くなりました。

 

それよりも、たかじんが亡くなる直前から起きる周りの理不尽な動きや人々の裏切りに彼女はどれほど傷ついたか。

 

実名を挙げてのこの本に、TVに出ているマスコミの印象が変わりました。

もともとマスコミ嫌いの私ですから、この本は感動と共に少ない行数ですが怒りがとても強く感じる部分もあり、ある意味読み応えのある本でした。

 

もっと書きたいのですが、著作物ですからね。

これ以上内容に触れたら、著作権の侵害になってはいけませんから、この先は、是非読んで頂ければと思いますし、読んでおきたい本の1つですね…。

 

人が持つ人への献身愛。

そして、愛に目覚めていく姿。

人の人生のリアルな感情。

 

読み終えたあと、自分はずいぶん薄汚れてしまっているなぁと思うことも…。

 

さて、何でも自分の仕事に当てはめて考えてしまう癖のある私…。

 

この本からも、家族支援の視点で考えると、とっても学ぶことがたくさんありました。

 

でもね…。

感動したこの本を読んで、家族支援の話をここで書き込むのは無粋な感じがしますし、感動が薄れてしまうので詳しくは次の書き込みで…。